「あの厳しい5区だけは走らないでって思ってたのに」
彼は答えた。
「誰かが走らなければならないんです。
ならば、僕が走らないわけにはいかないじゃないですか」
クリスマスが過ぎた頃、
彼は箱根を走るためのマラソンシューズを2足送ってきた。
川見店主は、彼の調子と箱根「5区」をイメージしながら、
2足のマラソンシューズに、
それぞれタイプの異なった2種類のインソールを作成した。
2足のシューズはいずれもアシックスの別注です。
オーダーメイドインソール・アムフィットを装着作業中の川見店主。
インソール工房はただならぬ緊張感に↓
1足目のマラソンシューズに装着したのは、
最上級インソールのゼロ・アムフィットです。
箱根を越えろ!
こっちからもゼロ・アムフィットどうだっ!
2足目のマラソンシューズに装着したのは、
アムフィット・スタンダードです。
こっちのアムフィットは「スタンダード」と言えど、
箱根越えの「秘策」として特別な調整を加えてあります。
当日、どちらのシューズで箱根を越えるのか?
それは、「彼」の判断にゆだねることになりました。
2足のシューズにアムフィットの装着作業が終わった時、
川見店主は、早くシューズを箱に収めてほしいと言った。
あの「5区」を無事に走り切ることができるだろうか?
シューズを見ているとそんな不安が襲ってくる。
インソールは「完成」したのか?調整は「正解」なのか?
そんな惑いが胸の中で渦巻き、
際限なくアムフィットの調整に手を加えてしまいそうになる。
だからもう、そのシューズを私に見えないようにしてほしい。
「5区」を走るプレッシャーは、川見店主にもあった。
祈るような気持ちで、2足のシューズとインソールを彼に送った。
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【2015年1月2日。箱根駅伝。往路5区】
お正月のテレビには、今年も彼の走る姿が映っていた。
3位で襷を受けた彼は、箱根の山中で
前を走るK大学のランナーを追い抜いた。
その時、テレビの実況は、
「M大学のF選手、素晴らしいスパートだ!」と絶叫した。
彼はそのまま、往路のテープを2位で切った。
レース後、しばらく時間を置いてから
川見店主は彼にメッセージを送った。
「あなたの力走に感動しました。
ありがとう。おつかれさまでした」
彼は、こんな言葉を返してきた。
「応援ありがとうございました。
情けないですが、あれが今の僕の精一杯です」
その潔(いさぎよ)さに、川見店主は泣けた。
翌日、某新聞の朝刊にはこんな記事が載っていた。
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