明日、9月8日は、オリンピアサンワーズの創業記念日です。
創業者は、女性でした。
この人↓
【上田喜代子(うえだ・きよこ)1924-1986】
この似顔絵は、30年近く前に描かれたもので、
後にパソコンに取り込んで色をつけたものです。
今日は、このイラストにまつわるお話をひとつ――。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
1987年(昭62)5月3日。
上田の一周忌が過ぎて数か月後。
大阪市内の某ホテルで、
生前の上田を慕(した)っていた人たちが集って、
「サンワーズのおばちゃんを偲(しの)ぶ会」が行われた。
大阪の陸上競技界の発展に陰ながら尽力した
上田の功績を讃えつつ、
上田亡き後にオリンピアサンワーズを継いだ
二代目店主を激励しようと、
有志の先生方が発起人となって開催してくださったそうだ。
この会を知らせる案内が、今も店に残っている。
「サンワーズ前店主が昭和61年2月22日に
永遠に眠りにつかれて早や一周忌を終えました。
故人は常に陸上競技をこよなく愛し、
長居の杜(もり)に人ありと、
いつも競技場に笑顔で、
時には仁王のごとく、
我々アスリートを見守って頂き、
現場の指導者のみならず、
選手自身にとっても良きアドバイザーであった事を
思い出さずにはおれません。
つきましては、在りし日の『おばちゃん』の思い出を語りながら、
和(なご)やかな夕べの一時を持ちたくご案内いたします」
この「偲ぶ会」には、70名もの人々が集った。
当日の参加者名簿に記されている名前を見ると、
多くは学校の先生方や
陸上競技の関係者であったことがわかる。
その他、一般競技者や一般ランナーの親しかったお客さん、
そして、先生でも競技者でもランナーでもなく、
つまりは「お客さん」でもないのに、なぜか不思議と、
上田を慕って店に出入りしていた人々も参加したようである。
-----------------
上田は、多くの人に慕われていた。
にもかかわらず、昔も今も、誰にとっても、
上田は"謎多き人物"のままでありつづけている。
オリンピアサンワーズがいつ創業されたのか?
創業までにどのような経緯があったのか?
くわしくは、わかっていない。
かろうじて、すでに1964年の東京オリンピックの時には、
オリンピアサンワーズが存在していたことはわかっている。
上田が店主だった時代、
店に来る人(学生がほとんどだった)は誰も、
その店の名前も、その人の名前も知らなかった。
大阪に唯一存在する陸上競技の専門店。
陸上競技者なら誰もが憧れた
専門メーカー・ニシスポーツ社の商品が手に入る店。
だから当時の学生たちは、
その店を「ニシの店」と呼び、
その人を「ニシのおばちゃん」と呼んだ。
そうとしか呼びようがなかった。
そもそも、店には看板すら出ていなかったのだから。
セコメントをする