彼は、
5000mのレースのスタートラインに立っていた。
今年の春から陸上競技の
強豪高校へと進学。
昨年の夏には、
800mで
全中(全日本中学校陸上競技選手権大会)に出場し、
中学3年生にして
2分の壁を破った彼だが、
高校に入って
長距離種目にも挑戦することになったのだ。
彼にとっては、このレースが、
高校生としての、長距離選手としての、デビュー戦だった。
気力が漲(みなぎ)っていた。
スタート直後から、彼は驚くようなペースで走りはじめた。
彼の得意な中距離走をしているようなスピードだった。
追ってくる選手はいなかった。
彼の姿は集団からみるみる離れて、独走状態になった。
「
アイツ、とばしてるな」
疾風のようにトラックをかける彼の姿を見つめながら、
陸上部の監督は目を細めたにちがいないし、
チームメイトたちは、やんやの声援を送ったことだろう。
ただひとり、スタンドで彼を見守っていたお母さんだけは、
「
あの子、あんなペースで走って最後までもつのかしら」
と心配だった。
レースの中盤になると、さすがの彼にも疲れが見えてきた。
終盤には、足取りもおぼつかなくなり、ふらふらしはじめた。
お母さんは、目を覆いたくなった。
彼の体力は限界に達していた。
意識も朦朧(もうろう)としていた。
自分が今トラックを何周走り、
あと何周走らなければならないのかもわからなくなっていた。
「
あのコーナーを周れば、ラスト1周だ」
となんとか気持ちを奮い立たせようとしたら、
審判からラスト2周残っていることを告げられて、
この時ばかりは心が折れそうになった。
「
ウソだろ」と泣きたい気持ちだった。
それでもなんとか足を踏み出し、ゴールを目指した。
何人の選手に追い抜かれたのかは、もうわからない。
トラック内側の縁石に足をひっかけ転びそうになる。
景色はすべてゆらゆらとゆがみ、
夢の中を走っているようだった。
ゴールにたどり着いた彼は、そのまま倒れこんだ。
トラック内には担架が運びこまれようとしていた。
遠のいていく意識の中で、彼の心はつぶやいた。
「
ああ……やっちゃった」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
つーわけで、
壮絶な高校デビューを果たしてしまったR太郎くんのご来店です。
(
前回4月のリアルご来店記事)
川見店主 :「いいレースだったね!最高!」
R太郎くん:「そ、そうなんですか?」
川見店主 :「レースであそこまで自分を追い込めるって、スゴイ!」
R太郎くん:「でも、自分では、やっちゃったと」
川見店主 :「そう、倒れちゃったら、それは二流。
絶対に、レースで倒れちゃあ、ダメ!」
R太郎くん:「はい……」
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