A先生がオリンピアサンワーズに来られるようになって、
もう40年以上になるそうです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
197X年。
A少年は中学生になると陸上部に入部した。
三度の飯よりも走ることが好きだった。
毎日毎日、日が暮れるまで走りつづけた。
そんなA少年の姿を見ていた先輩が、ある店のことを教えてくれた。
「それだけがんばってるんなら、もうそろそろ、
ちゃんとしたランニングシューズで走った方がいい。
その店に行けば、
キミに合ったランニングシューズを選んでくれる」
ただし、とその先輩は付け加えた。
「その店のおばちゃんはめちゃめちゃコワいぞ。
店に入るときに挨拶をしないと中に入れてくれないぞ。
挨拶しないで帰らされたヤツもいるんだ。
礼儀正しく、失礼のないようにするんだぞ」
先輩は、その店までの地図と紹介状を書いてくれた。
A少年は、内心ビクビクしながらも、
地図と紹介状を握りしめてその店に行った。
「こんにちは!失礼します!」
A少年は店の引き戸を開けて、大きな声で挨拶をした。
店に来るまでの道中で頭の中で何回も練習したとおり、
深々とお辞儀をするのも忘れなかった。
小さな店の真ん中には古い机が置いてあり、
その向こうには眼鏡をかけたおばちゃんが座っていた。
おばちゃんは言った。
「アンタ、誰や?」
「○○中学校の、Aといいます!」
A少年は、そのおばちゃんに、
先輩が書いてくれた紹介状をおそるおそる手渡した。
「で、何しにきたんや?」
「はい、ランニングシューズが欲しくてやってきました!」
「種目は?」
「長距離をやっています!」
「なにをなんぼで走るんや?」
A少年は最近の試合で出した記録を伝えた。
「ふーん、ちょっと、足、見せてみ」
A少年は靴を脱ぐ。
おばちゃんは、しばらくじっとA少年の足を見つめた。
「……そこの棚の、そう、その箱からクツ出して履いてみ」
店内の四方の壁には棚がしつらえてあり、
商品は箱におさめられたままでその棚に積まれていた。
箱に印刷された文字が、A少年の目に飛び込んでくる。
「オニツカタイガー」「ハリマヤ」「ニシ」。
A少年がいつの日か履いてみたいと思っていた、
憧れのメーカーの名前がたくさん並んでいた。
A少年は指示されるままに、指で棚をたどっていき、
ひとつの箱を選びとった。
中からシューズを出して履いてみる。
おばちゃんは立ち上がると、机の前に出てきて、
ちょんちょんとA少年のつま先に触れて、言った。
「アンタには、そのクツやな」
おばちゃんは、また、机の向こうに戻って、座った。
A少年は他にも色んなシューズを見てみたい気がしたけど、
緊張と、何よりもおばちゃんの迫力に気圧(けお)されて、
何も言えなかった。
A少年は、その店にシューズを買いに行くようになった。
店に行くときには相変わらず緊張したし、
おばちゃんが選ぶシューズはいつも黙って履いた。
シューズはいつも、不思議なくらいピッタリだった。
A少年は、おばちゃんに会うのが楽しみになっていた。
おばちゃんは、A少年の名前を呼ぶとき、
「さん」も「くん」もつけず呼び捨てにするようになった。
それは親しさの表れのようで、A少年にはうれしかった。
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